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ののう巫女の墓

くノ一(女忍者)だったと言われる歩き巫女達の墓地

東信


紹介コメント

東御市の祢津地区には、ユニークな墓が数ヶ所ある。看板には「ののう巫女」の墓と書かれており、この巫女たちは「ののう」と呼ばれる種類の巫女であったと説明されている。 「ののう」は2023年のNHK大河ドラマ「どうする家康」でも「千代」という重要な役として出てきた。
現在の巫女は、特定の神社に奉職し、宮司の補佐をしたり、儀式の舞を舞ったりするのが一般的だ。 しかし、江戸時代以前のののう巫女は、日本各地を旅するシャーマンだった。そして村々に立ち寄り、人々の悩みを聞き、霊媒として「神」(霊的存在)を媒介(口寄せ)した。
ののう巫女たちは毎年春になると旅に出て、秋になると帰って来た。時には、新しいののうとしてスカウトした若い女の子を連れてくることもあった。

この看板が触れていないのが、ののうのもうひとつの側面であるスパイについてだ。 江戸時代、人々は地方から地方へ自由に移動することは許されなかった。 その例外の一つが「歩き巫女」=ののうである。 日本全国を移動することで、遠くから情報を集めることができ、他の藩をスパイすることができた。 それゆえ、彼女たちは「くノ一」、つまり女忍者としての役割を担っていたのである。
なぜ祢津地区の墓地にこれほど多くの野能の墓があるのかは謎だが、考えられる理由の一つは、何らかの理由で家を出た若い女の子を引き取る「くノ一の母」がここにいたということだろう。 ののう達が各家庭でどのような厳しい状況だったか、そして彼女らを育て、精神的な癒し手、そして秘密のスパイとなるよう訓練した育ての母の優しさを想像するしかない。


詳細


アクセス

電車の場合
田中駅(しなの鉄道)より 3.2km(タクシー8分)。
祢津小学校の向かいにある。
車の場合
東部湯の丸ICより 500m
住所
〒389-0506 東御市祢津

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